2018年09月10日
地球上には、アポロ計画から遺された本物の月着陸船が3つだけあります。 「本物」というのは、実際に宇宙で機能する能力を持つ、本物の宇宙船という意味です。 先月私は、それら全ての月着陸船を見学し終えることができました。 それらの月面着陸船の物語と、私がそれらを見学することになった経緯を交えながら、私のブログの最初の記事を書こうと思います。
気づいたらあまり月着陸船については書いていませんでした。そういう情報を期待していた方は、トリセツなどでも読んでおいていただければ。
僕らの生まれてくるずっとずっと前にはもう アポロ11号は月に行ったっていうのに
本気で月に行こうって考えたんだろうね なんだか愛の理想みたいだね
- 「アポロ」、ポルノグラフィティ
…という程度の認識の人が多いのではないでしょうか。 人類最初の月面着陸に成功したアポロ11号は1969年、今のところ人類最後の月面着陸であるアポロ17号は1972年。 もう半世紀が経とうとしています。
この時代は、猛烈な勢いで宇宙開発が行われていました。 人類初の宇宙飛行が1961年なので、それから10年もせずに別の天体に着陸して歩き回っているわけです。 アポロ17号の時点では、月面に3日間も滞在していました。
それ以降、人類は地球低軌道を飛び出たことは一度もありません。確かに、現代から見れば、遠い昔、遥か彼方の世界のおとぎ話のように感じてしまうでしょう。
私は、このアポロ計画が大好きです。現在の宇宙開発にも魅力は感じますが、その気持ちも元々はアポロ計画に対する興味だったのかと思います。そのアポロ計画に惹かれるようになったきっかけが、こちらの月着陸船だったと言えるでしょう…
私は7歳〜9歳を、ニューヨークのロングアイランドのベスページ(Bethpage)という町で過ごしました。 そこにはCradle of Aviationという航空博物館があり、月面着陸船LM-13が鎮座しています。 このLM-13はアポロ18号で月に行くはずでしたが、17号で打ち切りとなったため飛ぶことはありませんでした。
なぜ、こんな町に本物の月着陸船が置いてあるのでしょうか。
ベスページに、月着陸船の製造を請け負っていたグラマン社の工場があり、月着陸船は全てその工場で製造された からです。 そのため実際に開発や製造に関わった技術者がいまだにたくさん住んでいて、こちらの博物館にもたまに出没してくれます。 彼らの話を聞いていると、多くの人間が心血を注いだからこそ、月面の有人探査という偉業を成し遂げられたのだと実感させられます。
父はアポロ11号を生中継で観られた世代で、当人もアポロ計画の大きな「ファン」です。 家族でドライブしていてグラマン社の工場の前を通りかかるたびに、アポロのうんちくを語ってくれるので私も気がついたら興味を持ち始め、家に置いてあった本などを読んでいるうちに、詳しくなっていきました。
こちらの月着陸船に会えたのは、2013年に従兄弟とアメリカ旅行に行ったときでした。 2007年にアメリカから帰国して以来、久しぶりのアメリカ本土だったので、自分が育った土地を再び訪れることができる思い出深い旅でした。 この頃には、アポロ計画だけでなく宇宙開発全体について詳しくなっていたので、数々の有名な宇宙船が展示されているスミソニアン博物館を見学することは、夢のようでした。
この時私は、「これが宇宙開発の黄金期か、いい時代だったな〜」という、かなり懐古主義的な気持ちでした。 現在の宇宙開発は、予算獲得に苦戦しながら、巨大な国際宇宙ステーションを長い時間をかけて作ってしまい、作ったからには使わないといけなくてなかなか地球低軌道から出らない、こう着状態になっていると考えていました。
しかも、人がわざわざ宇宙に行く意味などそもそもあるのでしょうか。
「宇宙開発で培われた技術の転用(スピンオフ)があるから、多くの人が恩恵を受けられる」という話はあります。 まあ、宇宙開発を正当化する一つの議論ではあるでしょう。 しかし、それならわざわざ宇宙開発をしなくても、最初からその技術に投資をすれば済む話です。 スピンオフは、あくまで副次的な恩恵であるはずです。
↑アポロ11号で使われた日用品をニヤニヤしながら見ていました
「夢があるから」の類のふわふわした話もあります。 気持ちとしては、賛成します。 宇宙の探査なんて、ワクワクしますよね! 「なぜ登山するかって?そこに山があるから。」と同じようなことだと思います。 惹かれるものがあったら、それをするのに理由などない。当然ですよね?
しかし残念なことに、あなたには膨大なお金があるわけでもなく、国家の予算の流れを決める力もありません。 いくら月に人を送りたくても、「行きたいから」という理由でウン兆円の出費を正当化できるわけもありません。
もちろん、科学的には宇宙探査は大きな意味があります。私たちの住んでいる惑星以外の世界について知ることができる数少ない方法の一つです。 しかし、科学探査とはいえどもあまりに多額を投資するわけにはいきません。
アポロはなぜ月に行けたのか、それの背後には冷戦があります。 要するに、アメリカとソ連の技術的な背比べだったということです。 そのような政治的理由がない今、宇宙探査はただの 金食い虫 と化してしまい、細々と続けるしかないだろう… と、かなり 悲観的 な見方をしていました。
これに会えたのは、つい先月のことです。 東大の機械情報工学科に進学した私は、主に ロボット について勉強しています。 学部4年生になった私は、東大工学部からMITに、交換留学生として1学期間派遣されることが決まりました。 そして8月、学期が始まる前の「視察」として、早めにアメリカに着いて、フロリダのケネディ宇宙センターを見学などをしていました。
(↑こっ、これも視察です!)
こんなに宇宙探査が好きなのに、航空宇宙を専攻しなかったのはなぜか? 色々理由はありますが、進学先の学科を選択する時点ではまだ、上に書いたような悲観的な見方をしていて、「航空宇宙をやっても宇宙系の仕事はできないだろう」と考えていたこともその一つです。
しかし、今の考えは違います。 人類は宇宙に進出する意味があるし、それに大金をかける意義もある と考えています。 どうしてか?
みんな大好き()、イーロンマスクのお陰です。 彼はスペースX社を通して安価で高性能なロケットを実現していますが、会社の設立時に掲げた目標があります。
「火星移住」
彼に言わせてみると、 「人類は愚かだ。もし再び世界大戦が勃発したら、人類のほとんどを抹消してしまうかもしれないし、地球に住めなくなるかもしれない。大きな小惑星が衝突してきても、どう対処することもできない。そういう時のために、人類が生き残るためには、火星にも人類がいる必要がある」 という壮大なことを言っています。 馬鹿げている、と思うかもしれません。
しかし、これこそ「人類が宇宙に行くべき理由」として十分ではないでしょうか。 夢でもスピンオフでもなく、ただただ 生き残る ため。
数十年の単位で考えたら、人類が危機に瀕することは想像しづらいかもしれません。 しかし、数百年、さらには数千年の単位で考えたら、予測は不可能です。 その時の人類が 「あああー、火星に移住しとけばよかったーー!」 と後悔する前に、今のうちに始めればいいでしょう。 ついでに、たくさんワクワクできます!
宇宙にいく理由が他にも現実的になってきました。 例えば、小惑星の資源採取。 宇宙には、地球の埋蔵量をはるかに上回る寮の貴金属が浮かんでいます。 それを集めることは、かなり難しいですが、成功した暁には、莫大な儲けが得られ、「ゴールドラッシュ」さながらの「スペースラッシュ」が起きるでしょう。
とにかく、宇宙探査の未来にかなり期待を寄せながらケネディ宇宙センターを見学していました。
↑スペースXが、来年あたりに有人ミッションを予定している発射場。クルーが歩いて乗船するための「アクセスアーム」が取り付けられた当日!
そしてもちろん、3つ目の月着陸船、LM-9とも会えました。
さて、これにて地球上に存在する月着陸船は全て見てしまいました。 他のを見るためには、月に降りるか、太陽周回軌道を探し回るしかありません。 ちょっと前なら、そんなことは考えられなかったでしょう。
しかし今なら、ちょっと頑張れば見られそうな気がします。
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