この記事では昨今過熱気味の「AI搭載ロボット」や「Embodied AI」の盛り上がりについて、解説しつつも私見も交えてかなり自由に色々書いている。私はロボットを研究している博士学生だが、就職先はロボットとはあまり関係ないところなので、ロボット界内部の様子はよく知りつつも、キャリア的には部外者のような存在である。なので、外野がウダウダ言ってる戯言と考えて読んでいただきたい。もしかしたらこの記事自体が、ロボットの道を離れることを決めたことに対する自己正当化の発露かもしれない。
『チャーリーとチョコレート工場』の映画で印象に残っているシーンがある。チャーリーのお父さんは歯磨き粉工場で働いていて、歯磨き粉チューブにキャップを取り付けるだけの作業をひたすら行って一家を養っていたのだが、ある日自動でキャップを取り付けるロボットが導入され、職を失ってしまう。(ウォンカのチョコレートが人気になったことで、虫歯が増えて、歯磨き粉が売れるようになったので、工場でロボットを導入する投資ができたらしい。)最近はロボットの台頭によって、あらゆる手作業の仕事がロボットに代替される、としきりに喧伝されているが、今後チャーリーのお父さんのような運命を辿る人が増えてしまうのだろうか。

ロボット分野はある頃からEmbodied AIという新たな看板を引っ提げて、急激な拡大を遂げている。私は2022年、ChatGPTが出た年にスイスのチューリッヒ工科大学でロボティクスの博士課程を始めたのだが、その頃はまだ有名なヒューマノイドロボットと言えばボストンダイナミクスのAtlasくらいで、人型ロボットハンドと言えばShadow Handというポルシェが買えるような値段のする(しかも、当時の噂では買ってからもメンテナンスが大変らしい)ものだけだった。どちらも、生で動いているのを見たことがある人は周りにもほとんどいなかった。 それが、4年後の今と言えば、毎週のように新しいロボットスタートアップが登場し、新しいヒューマノイドやロボットハンドもどしどし発売されている。ロボット好きとしては嬉しい一方、博士学生としては自分の分野の競争が激化していて、同じことを世界のどこかで誰かが既にやっているのではないか、自分が取り組む意味はないのではないかという不安にも駆られる。
なぜこうなったかというと、ひとえにChatGPTやClaudeなどの大規模言語モデル(LLM)式人工知能の発達の影響だろう。2022年にChatGPTで全世界がLLMの能力に驚愕し、本格的な人工知能開発競争の幕が下りた。この競争は、汎用人工知能(AGI)、ひいては人工超知能(ASI)を最初に達成した会社・国が今後全ての技術的・社会的・政治的な覇権を握ることができる、という考えに基づいている。投資額も莫大で、アメリカのGDPの2%近くの額が純粋なAI開発に投資されているという。各会社は当面、利益を出すことは視野にいれず、将来的な覇権を目指して、受けた投資をひたすらGPUに回して性能をどんどん上げようと切磋琢磨している。
そして、「人間がコンピュータでできることはなんでもAIで行えるようにする」ことを目標としたAGI競争が勃興してから投資家が次に伸びる市場として目を付けたのが、「人間ができる全ての物理的作業はなんでもAIで行える」を目指す、Embodied AIである。なので雑には、ChatGPTの盛り上がりの「おこぼれ」を貰う形でロボット分野にも投資が流れ込んできた、とでも言えるだろう。
業界の全体的な俯瞰としては、やはり中国とアメリカの存在感が一番強い。中国はUnitreeに代表されるように、ロボットのハードウェアに長けている。製造業で培った技術やノウハウをフルに活かし、開発から発売までのギャップが相当短縮されている。市場ですぐに買える完成品のロボットはほぼ中国のものだけと言ってもいいほどである。中国製のヒューマノイドや四脚ロボットの公開デモを実際に見たことがある人も多いだろう。このようなロボットはまだ基本的に研究の対象としてしか購入されておらず、本当の意味での需要がない中でここまでの量産に踏み切れるのはすごい。 韓国も健闘していて、Robotisが出しているDynamixelシリーズのサーボモーターは信頼性や使い勝手の良さから様々なロボットの内部部品に利用されている。

アメリカはロボットのハードウェアを量産して売るというよりは、ソフトウェアとしていかにAIを搭載して賢くして、人間の作業を代替できるアルゴリズムを作れるか、に注力している。代表的な会社としては非ヒューマノイド(二本のアームにグリッパを取り付けた単純なロボット)ではPhysical IntelligenceやGeneralist AI、ヒューマノイドではFigureや1x(※最近ノルウェーからアメリカに移転)だろう。最近はどの会社もあっと驚くようなデモ動画を(これもまた毎週のように)公開していて、今までロボットでは到底考えられなかった器用なタスクを次々とこなしている。
最近研究室では、まるでスポーツチームを追うかのように、誰がどの会社に移った、どの会社が何十億円の投資を受けた、こんな実機動画が発表された、という話題でもちきりである。さながらFacebook、Twitter、Googleなどが競い合った2000年代後半~2010年代前半のWeb 2.0ブームを彷彿とさせる。映画「ソーシャル・ネットワーク」で描かれた、一大学生だったマーク・ザッカーバーグがFacebookを開発して急激な成長を遂げるようなアメリカンドリームが、今でもまだ達成できるのかと思わされる。
しかし、それらのオンラインサービスの開発と、人間の仕事を代替するロボットの開発の間には決定的な違いがある。前者は、プログラマを投入していけばどんな仕組みのウェブサービスも技術的には作ることは可能で、問題となるのは個人であれ企業であれユーザーが定着してくれること(Product-Market Fit / PMF)である。後者のAIロボット企業もいずれPMFはしないといけない点は同じだが、それ以前に、作ろうとしているプロダクトがそもそも実現できるのか、まだ誰も分かっていないのである。
LLMのように、大量のデータを集めてスケールさせる手法をロボットにも適用すれば、人間レベルの器用さを実現できるのか。
これが達成できそうな片鱗は、確かに見えてきている。例えばGeneralist AIの、ロボット掃除機を組み立てるこちらのデモ。力を器用に調整して部品同士を組み合わせたり、ちょっと失敗してもやりなおしたりと、このレベルの複雑な動作は数年前は考えられなかったレベルのものだ。
人間がロボットを遠隔操作したりしてデータを集めたら、その動作をマネするように学習してロボットハンドとアームを動かせば、同じタスクをロボットができるようになる。これが現在の基本的なアプローチである。 ロボット用のデータ収集は、現在ものすごいスケールで行われている。ロボットを操作したり、ロボットのグリッパを模したデバイスを持って、ひたすら同じ動作を繰り返して、ロボット用の訓練データを収集する。特別な知識や技能は要らない。必要なのは忍耐強さだけだ。

将来的に、人間が作業しているだけの動画データもロボット用の教示データとして活用できるようになることを見越して(これはまだ研究段階で、実現できるかは明らかではない。個人的には、ロボット本体やUMIを動かして得られるデータより必然的に限られてしまうので、いくら技術が発達しても限定的な補助データとしてしか活用できないと思っている)、自分の仕事をしている様子を録画するだけでお金がもらえる、というサービスもある。あなたの家を無料でクリーニングする代わりに、全てを録画して動作データとして保存する、という変わったサービスも登場している。

このような【データ収集→ロボットに適用】という手法を更に追求していけば、
- 特定の環境下において
- ロボットが物理的に達成できるような特定のタスクについて
- 充分な教示データを集めていれば
ほぼ完全な自動化が可能、という日は確実に来ると思う。 しかし、これは果たして多くのロボットベンチャーが掲げるほどの革命的な技術だろうか。工場などの管理された環境で、組み立てなどの特定の作業をひたすら行うロボットがあれば、たしかに便利かもしれない。しかし、複雑なロボットを使わずとも、従来の自動化手法を適用して専用の機械を作った方が、初期投資は高いもののはるかに効率的に生産ができるケースが多いのではないか。長年動かすことを考えると、可動部の多いロボットは壊れる確率が高く、メンテナンスコストも高くつく。
極端な例えで言えば、針金を切って、器用に曲げて、丁寧にペーパークリップを一つ一つ作るロボットよりも、専用の加工機械がひとつあった方が何百倍も生産性があるだろう。
Figure AIは数カ月前、ヒューマノイドが「本物の仕事」を行っている様子を9日間連続で生中継して話題となった。ベルトコンベアで運ばれてくる不定形のパッケージを、スキャンできるようにバーコードが上面に来るようにひっくり返しつつ、となりのベルトコンベアに移すという作業だ。一応、実際に工場で行われている仕事らしい。5日目には人間と「対決」した結果、ロボットの方がより多くのパッケージを処理することができた。
素直な感想としては、スキャナーを増やせばいいのでは?と思ってしまった。それぞれのパッケージが底面が透明なエリアを通るようにしてスキャナーを全方位に設置すれば、「バーコードを上面にする」というタスクはそもそも不要になる。隣のコンベヤに移す際にパッケージ間の間隔を調整する必要があるなら、デルタロボットなど既存の技術でも実現できる。尚、不定形のパッケージをつかむので、より器用なロボットハンドに変更する必要はあるだろう。

ChatGPTなどの「データ空間」のAIと、ロボットなどのEmbodied AIでは、前者が主にホワイトカラーの仕事をターゲットにしている(身体を使わない、知能労働者)のに対し、Embodied AIはブルーカラーの仕事をターゲットにしている(技能系・作業系・肉体労働者)。多くの場合、ホワイトカラーの職の方が賃金が高いので、省人化するメリットはそちらの方が大きいのでEmbodied AIはそもそも経済的に成立させるのがより難しい。しかも、ChatGPTは(タスクによっては)人間よりも早く、正確な出力ができる一方で、Embodied AIは基本的に人間と同レベルか少し遅いスピードでしか作業できない。
ロボット導入の障壁として、半ば冗談のように語られる理由として、「ロボットに比べて人間が安すぎる」というのがあるが、真面目に考えないといけない。日本では毎時間1000円ちょっとで、どんなロボットよりも器用なマニピュレーションを行える存在が手に入るのだ。ちなみにインドの最低賃金は一日あたり179ルピー、約300円である。これより運用コストが安いヒューマノイドを作るのは当面不可能だろう。 ロボットだとハードウェアの初期コストはもちろんのこと、可動部が多いことによるメンテナンス費用もかさむ。作業環境が少しでも変わると制御器を調整したり、訓練データを集めなおす必要もあるかもしれない。
もしかしたら、現在の方法をどんどんスケールアップしていけば、「人間ができることを全て自律的にできる」ロボットが生まれるかもしれないが、個人的にはこれには懐疑的である。 ボタンをクリックすれば確実に作業が実行でき、全てのデバッグ情報も手に入るデジタル空間とは異なり、実世界では不確実性が多すぎる。 最先端のロボットベンチャーが出している動画を見ていると「なんでもできそう」とすぐに思ってしまうが、一旦冷静になって分析する必要がある。例えば、Genesis AIのロボットが卵とトマト炒めを作るこちらの動画。
一応言っておくが、このデモは本当にすごい。五本指のロボットハンドで行われたデモ動作の中で最高峰であり、これを達成したことは素直に称賛したい。ノーカットで全て映している点も素晴らしい。その上で、「つっこみポイント」をあえて探してみると、
- 0:00 動画の最初から既に、ボウルの中に卵が何個か割られてかき混ぜられた状態で入っている。安定して何個も卵を割るのは難しいのかもしれない。
- 0:08 ここで卵の殻が左手の親指ににくっついてしまっていて(手袋に刺さっているようにも見える)、タオルで手を拭く動作もしているが取れておらず、その後もずっと殻が手についたままで取り除こうともしていない
- 0:25 ペッパーミルの蓋がかなり緩いように見える。出てくる胡椒の粉がかなり細かく、量も少ない。まともに胡椒を挽くにはかなりの力が必要なので、簡単に回せるようにミルを緩めておいて、ほぼ粉の状態の胡椒を入れているのかもしれない。
- 1:30 トマトのヘタを捨てるための一切れが大きすぎる!(笑)
また、このデモを実現するために何度ロボットを操作して卵を焼いてデータ収集をしたのかも明かされていない(一応Genesis AIの記事では「ほとんどのタスクでは、1時間以下のロボットデータを収集するだけで済みました」とは書いてあるが、実際の数値は載せていない)。また、実際にレストランや家庭で料理するためには必要なのに、このデモで行われていないタスクも無数にある。食糧庫からそれぞれの食材を取ってくる。混じってしまった殻を丁寧に取り出す。食器棚から食器や調理器具を取り出す。各食材をペッパーミルが空になったら、ミルを分解して胡椒を補充する。トマトに痛んだ部位があったらそこだけ取り除く…。挙げていったらキリがない。 コンピュータ内の空間と異なり、現実世界ではこのような前提となる動作や特殊な対応が必要なハプニングが無数にある。データ収集で対応しきれる規模ではないように思われる。
それではロボットはこれから何を目指せばいいのか。 ロボットの自律動作の能力は、たとえ人間に並ぶことはないとしても、確実に向上はしている。限定的な環境下で、従来は自動化が難しかった特定のタスクを繰り返しこなすロボットなら、実用性があるかもしれない。10年ほど前、日本からLaundroid(ランドロイド)という、洗濯物をたたむことに特化したロボットを開発する企業があった。公開デモではTシャツとタオルを畳む様子しか披露されていないなど、実際に発売できる完成度にどこまで達していたのかいくつか疑問点はあるが、特定の種類の衣類であれば本当に畳むことができたようだ。(かなり秘密主義の企業だったが、ある程度の内部の仕組みも公開されていた)

残念ながら発売されることがないまま、2019年に会社は解散している。理由としては内部の技術的・経営事情が色々あったのかもしれないが、一応公式には「UNIQLOのエアリズムのような薄い素材を掴むのが難しかったから」と言及されている。
今の技術を使えば、Laundroidが追い求めていた「あらゆる洗濯物を畳むロボット」は十分、実現可能に思われる。乾燥機から取り出した衣類を放り込めば、自動で畳まれた状態で出てくる。畳む動作が人間よりずっと遅くても、買いたいという人は多いはずだ。「人間のできるあらゆる作業を代替できる存在」に比べたら経済的なインパクトは大きくないかもしれないが、洗濯機や乾燥機に続く規模の市場になるだろう。(ロボットベンチャーへの投資家たちが、「洗濯機市場を決して超えることはできない市場」に興味を持つかは別の問題であるが)
このような特定の用途に向けた「ユニット」としてロボット技術を活用した製品開発は、市場を慎重に見極めればポテンシャルはあるだろう。
また、「ロボットが作ってくれる」こと自体が付加価値となるよう、エンタメ性を持たせるのもよいかもしれない。私が以前開発したソフトクリームロボットでは、眼球の動きを活用する来店者の反応やインタラクションが増えた、という実証実験も行っている。 この時点では、コーンを人間がロボットに渡す必要があったり、たまにロボットが失敗してしまうので人間のスタッフが常に必要なので、実は省人化はできていなかった。その代わり、鳥のような外装を取り付け、呼び込み文句をロボット自身が発することで、客の興味を引き付ける、という付加価値を付けた。また、もし失敗してしまっても、愛嬌があれば許しやすくなるかもしれない。

10年後この記事を読み返した時、どんな世界になっているだろうか。この記事で書いたように、ロボットが限定的ながらも便利に使われている世界になっているかもしれないし、笑えるくらい完全に予測が外れて「全て」がロボット化した世界になっているかもしれない。
さて、『チャーリーとチョコレート工場』のお父さんのエピソードには、続きがある。終盤に物語がハッピーエンドを迎える一連のシーンの中で、チャーリーのお父さんは「歯磨き粉のキャップ取り付けロボット」の修理をする人として、無事再就職をする。もしかしたら時給も上がっているかもしれない。ロボットだって、結局は人間が必要だった、というオチだ。

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